少年とクルマ。

恥ずかしい話をするようだけれども、クルマが好きだ。
クルマが好きが故に「自動車」という言葉とはまた別なニュアンスを込めて「クルマ」という言葉を使っているくらいクルマが好きだ。

急に何を言い出すかと思うかもしれないが、ひらたく言えば昨夜みかけたツイートに対して、やっぱり一人のクルマ好きとしては個人的な感情を露わにするのであれば、憤りみたいなものがあったわけで。

そりゃバイクほどじゃないにしても効率とか要不要で考えたらマイカーを持つという事は今の時代では場所や環境、生活リズムによっては無駄な事が多いのだろう。
日本は早い時代にモータリゼーションを国策として掲げて発展してきた国だとも言える。
しかしまぁいつまでもそうも言ってられないのもわかるし、既にそういう時代は終わったのだろうとも言える。
終わったは言い過ぎだとしても旬が過ぎたとか美味しいところは食べ尽くしたとか、そういう時期に入ってもうずいぶん経っているのだろう。

地域、ひいては国の発展には物流や交通の発展、物質の往来や人の往来の効率は必要不可欠であったのだろうし、その設備である道路やそれに付帯する施設、またその道路を走る自動車そのものの発展も必要だった。

人間が人体という物理的なものに乗っかって動いている以上、物質の往来、つまり物流や交通とは切り離せないのだし。

それを自動車と道路に結びつけて発展してきた国に住んでいるというのが現代の日本人だとも言えなくもない。

でもそれももう、一部の地域、都市圏なんかではまったく昔の話であって、発達した鉄道網やそれを中心とした都市計画が成立していればマイカーは不要となるだろう。
効率的な社会は文化や人の発展を促すしエネルギー効率も高くなるだろう。
いいことだと思うし、それを否定しようというつもりはさらさらない。

しかしながら現実にはそれは本当に限られた一部の地域のみの話でまだまだ自家用車が必要な地域は多いし、なんなら公共交通網の縮小や撤退によって自家用車の必要性が高まるという現象が発生している地域だって増えてきているわけだ。
それは極端にしても現実には社会人になったら通勤のためにマイカーが必要な地方都市はまだまだ多くある。

そういった反証なんかも探せばいくらでも出てくるんだろうけれども、本題にしたいのはそこじゃない。
別に効率的だろうが非効率的だろうが、そんなのは好き嫌いとはまったく別の話なのだし。

 

単純に、クルマを運転出来るようになってから、もう10年以上は経っているし、クルマに憧れを抱いてから数えても20年以上は経っているだろう。

そう、そこに憧れがあっただけなんだ、と。

街角にたたずむスポーツカー。
別にフェラーリだとかランボルギーニだとかじゃなくて、もっと身近に、インプレッサだとかランサーだとか。
通学路で毎朝見かけた、今思えば下品だと評するかもしれないけれども、染めたロングヘアにスーツの女性が運転する金色に全塗装したフルロールケージのシルエイティだったりとか、駅前ロータリーで激しいアフターファイヤを鳴らしながら走り去るセブンだとか。
そういった多感な頃に実際に目の当たりにした生の自動車が、不良性と異質さをたたえて走るそれらのクルマが少年たちに憧れを与えていたのは紛れもない事実だった。

社会人になり、いざ実際マイカーを買うとなると1台目は中古だし、全然スポーツカーでもなんでもなかった。
でも、それでも、嬉しかった。

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それまで自転車暴走族として生活していたけれども、それまで以上に行動範囲が広くなり、空間毎移動出来るので生活する時間の制約も一気になくなった。
自分の愛車は自分に自由を与えてくれた。

海が見たくなったら海へ行き、山を走りたくなったらどこまでも山を越えていける。
思ったときに思った場所を目指す事が出来る。
自由の翼は心を軽く、自由にしてくれたようだった。

そして寝ても覚めても愛車の事ばかりを考えて生活をしていた。

気になったらどこでもバラすし

洗車は毎回全力投球だし

ドリルドスリットローターとか入れちゃうし

内装だって勢いで切り取ってしまうし

付くモノがあるならつけてみたくなるし

パーツは巡り巡ってくるし

手元にあったらつけたくなるのは当然だし

シートのホールドが気になったらまずは純正を掘ってみるところから始めるし

部屋にホイール転がしてあるとか普通だし

みんカラステッカーとか回ってくるし

エアロは消耗品だし畳から生えるものだし

バッテリー周り配線だらけなのはお約束だし

なんなら自家塗装とか始めちゃうし

マッドフラップだって自作して当然だし

艶とかあってもなくてももうそういう次元の見た目じゃないし

 

とにかく、クルマが恋人っていうくらいクルマの事ばかりを考えて生活していた時期があったのは間違いなかった。
そりゃ地元帰ってきて決めた仕事がカー用品店にもなるし、給料の3割は店に還付してたくらいの勢いでクルマに費やして生活してた。
弄るというか維持するために。

そんな日々が本当に楽しかった。

当然、助手席にもいろんな人を乗せた。

最初は父親で、次は妹だったり、だんだんその時の彼女だったり、その次の彼女だったりもしたけれども、それでもしばらくはこのクルマが誰よりもずっと一緒だった。
愛車であるし相棒であるし。

どこに行くにも何をするにもまずはこいつの機嫌を見てから、というような。
そんな機嫌が悪くなるようなクルマではなかったけれども、それでも調子いいときは調子いいとわかるし、逆になにか変な音がするとか違和感があるとなると他の予定よりもまずクルマのメンテというような。

クルマの調子が自分の調子とつながっているような。

正直もう、どこまでが自分自身だったかわからないくらい、結びついていたと思う。
それくらい入れ込んでたし、思い入れもあったし。

 

生活に転機があったとき、自分の人生の岐路にたって、右か左かを選びかねていたときがあって、そこで事故を起こした。
ちょっといつもと違う事をしようとした。
自分でもなんか嫌だなというものを抱えたまま峠で一人で遊んでいた。
なにかを吹っ切ろうとしていたのは明らかで。

 

 

ちょっとした事だった。
路面に落ちて散らばっていたゴミに視線を奪われた、たったそれだけだったと思う。
その日ちょっとした気の迷いで家に置いてきたテンパータイヤの重量差が原因かもしれないしそうじゃないかもしれない。
下りのカーブでタイヤを滑らせながらガードレールを数スパン押しのけて止まった。

今でもゆっくり流れる、視界に映る景色を思い出せる。
「あぁ、イッたな」
案外冷静なものだったし、クルマが停止した後でも実に冷静なもので車検証を取り出してキースイッチを切り、ハザードをつけて携帯の電波が届くところまで移動して警察に通報。
JAFにレッカーの手配をしてパトカーを待った。

やってきた警官に手続きをしてもらい、その後にやってきたJAFのクルマに引っ張り出してもらい、深夜の修理工場へ移送。

エンジンの位置がずれちゃってるからもう廃車だよコレと、薄暗い事務所で缶コーヒーをいただきながら聞かされたときに、なぜかホッとした事を覚えている。
「毎年これくらいの時期に必ずあるんだよ、事故」
といって修理工場のおっちゃんは鼻で笑ったようだった。
きっとそういう季節なんだろう。
仕方ないんだ多分。

その日は代車のワゴンRを出してもらって家に帰った。
事故を起こした峠を避けて遠回りで。

 

でもやっぱり冷静なもので、諸々の手続きが終わって使える部品だけ回収しにワゴンRで修理工場に行くと、そこで初めて明るい日差しの下で潰れた愛車を見た。

自分でハンドルを握って自分でアクセルを踏んで招いた事の結果だ。
何よりも自分が良く知っている。

後悔だとかそういうのが無いと言えば嘘になるし、金銭的な負担だって考えたりしたら気が重くないわけではないけれども。
それでもどこか、クルマに入れ込みすぎていた自分と決別出来たように思えた。
そんなすがすがしさがあった。

使える部品を剥がしながら、愛車に謝りながら、それでも、そう思うだけで口には出さずに。
帰りは振り返る事は出来なかったけど。

 

 

 

こうして1台目のクルマとは決別した。
あの事故がなかったらどうだったんだろう。
もう少し後にもっと酷い形で事故を起こしていた気がする。
あの当時の自分はそういう状態だった、そう思える。
だから、関わった人たちの手を少しずつでも煩わせはしたけれども、迷惑かけたけれども、あれで良かったんだって納得している。

 

 

なんのいたずらか、数年後に相変わらずお世話になっていたディーラーに車検に出したライフの代車がラウムだったときはそのエンジン音や室内の雰囲気に泣いてしまったけれども。

 

 

 

 

あれくらい入れ込んでいたクルマはその最初の1台だけだったし、それから後のクルマにはほとんど手を入れる事無く乗っている。
それで十分なんだ。
それでもクルマは楽しいんだ。
寝ても覚めてもクルマの事ばかりという生き方ではなくなったけれども、それでもまだ自分はクルマ好きなんだっていう気持ちにはこれっぽっちも変わりは無いと思っている。

 

 

 

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