背負ったもの。

今朝事務所でちらっとだけ見たテレビニュースで、小学生女児2人が飛び降り自殺 という報道がされていた。
詳細までは見なかったけれども、休暇中の宿題が終わらなくて飛び降り自殺するような時期だったか?と割とドライに捉えていた。

まぁなんてことはない、いじめとか進路とか色々うかがわせながらの、生きづらさからの投身であろう。

 

世の人は、こういう事件を見たときにやっぱり色々反応するようだし、そんな事で死ななくてもと言うかもしれないけれども、それはその年齢まで偶然サバイバれてこれた人だからこそのセリフであって、そこまでサバイバれなかった奴はとうの昔に死んでいるだけだろう。

結局人間っていうものはそこまでの経験値、レベルを基準にして、その体験の中で苦しさや辛さを相対的に評価する事しかできないから、他人が見たときにごくごく小さなハードルでも本人にしてみたら初めて体験する高い高いハードルで辛く苦しい体験だったりもするわけだ。
あくまでもそこは絶対的感覚なんて存在しない。
他人の痛みを自分に流し込む事が出来ないように、精神的辛さもおなかの痛さもわかりっこないのだ。
多分これくらい痛いだろう、これくらい辛いんだろう、きっと、おそらく。
そういう想像力の働かせ方で補って共感をする事しかできないのだし、想像は想像であって今現在自分が痛かったり辛かったりという状況を再現出来るわけではない。

というか、一緒に痛がったところで状況が改善するわけでもないし。
せいぜい当人同士の心理的な負担が多少和らぐだけだろう。
まったく無意味だというわけではないだろうけれども。

 

ということで、小学生や中学生、高校生が自死に至るのはそこまで生きてきた中で経験してきた苦しみや辛さの中でも最も耐えがたい事態と比較しても及ばないくらいの苦痛だと判断した結果に発生しているのであろう。
その閾値の低さを笑うことなど言語道断である。

まさに当人にとっては生きるか死ぬかの苦しみのなかで結果的に死を選択したというだけに過ぎない。

 

ではなぜそんなに簡単に自死を選択できるのか?
と思うかもしれない。

理由は簡単で、生まれてから時間があまり経ってないからである、と思う。というか思っている。

時間が経ってないという表現に対して「小学6年生ならもう11年12年生きてるじゃないか」と思うかもしれないが、単純な時間や日数の問題ではなくて、思うにこの世というか、今生きている世界と本人をつなぐものが圧倒的に足りていないから簡単に身を投げ出せるのだろうなと。

ある種の現世への呪いというか、背負う物の重さだとか、執着だとか未練だとか、色々な物や事柄、言い表し方なんかはあるのだろうけれども、要するにこの世に生を受けてからまだ全然命というか魂が現世に定着しきっていないんだろうなと考えさせられる事がある。

(別に現世だとか魂だとかいう言葉に対して宗教的な意味合いを持たせようという意味ではないし、これ書いてる本人も特に強く信仰する宗教とかもないつもりだけれども。

なんていうのかな、エネルギーは常に注ぎ込まれなければ0に戻ろうとするっていうのと同じで、定着していない魂みたいなものは外部から特に暖められるように維持されなければ簡単に0に戻ろうとするというか。

上手く表現出来ないのだけれども、現世に対するアンカーがものすごく少ないまま生きることを余儀なくされている状態が続いているんだろうなと。
それが思春期から20代前半くらいまでは普通に続くんだと、経験的に、というか体感的に感じるところがある。

要するにその漠然とした不安を抱えたまま生かされているからこそ彼らは不安定なのだと。

で、案外そのようやくつながったアンカーを断ち切ってるのって案外親とか教師とかみたいな、大人だったりするんだろうなって。
本人たちはようやくつながった、命綱みたいなものに執着するんだけれども、それが世間的にどうだとか社会的にどうだとか常識的にどうだとか、色々な理由で捨てさせようとするんだろう。

つながりつながりとうるさく言う人に限って、そのつながりっていうのは案外「自分とのつながり」しか指してなくて、それ以外のつながりをつながりと認めないんじゃないかなと。

別にオタ仲間でもいいし、褒められない趣味でも良かろうし、アニメだろうがアイドルだろうがいいんじゃないかとは思うのだけれども。
こう、世間体とかなんだとか言われがちな対象でも、単純に生きるための命綱とするならばという意味では何でもいいんだと思う。
それに対する未練だとか執着がその人にとっての光や希望、明日への活力になるっていうんだったら、何でもいいんだと思う。

それが生きるという事を肯定するという事なんじゃないかなと。

つまり大人になって死ねなくなってくるのは、そういった物や人への執着、つながりへの未練が呪いのようにまとわりついて死ねなくなってくるんだろうなと。
そういうものが増えてきた頃には現世に対して魂はすっかりと定着しているんだろうと言えそうだし、ずいぶん生きやすくなっている事だろう、思春期あたりと比べたら。

そしてそのまま順当に年老いていくと、今度は徐々に手元の物も少なくなっていくだろうし、執着していたであろう人のつながりも徐々に切れていく。
そうして結局現世と魂の定着は薄れていって、最後には死ぬようになっている。

まぁ子供や家族に看取られて死ぬとか葬式やって墓に入るとか、最後は微妙にアンカーが残るようになっているケースが多いようなので、墓石が残る限りは現世からは逃げられないのかもしれないが(笑

 

再度。
ふてぶてしくいい歳まで生き残っている人にはそれなりの拠り所や執着、命綱があったからだ。
未成年者が命を絶つという選択をしたことに対して、誰も何もいう権利はないのだ。
幼いほど簡単に0に還る、それが命というものだろう。
別に不思議な事ではない。

全然、不思議な事なんかじゃない。