ネット歴約20年。

平成も終わって元号がかわったけれども、各業界のアカウントなんかはそこでこぞって平成の30年での変化を振り返ったりしていたりする。

まぁそれを横目に自分の中の平成を振り返ってみると、昭和生まれではあるけれども元号を意識するようになった時点で平成になったあとだったし、感慨深いようなものもないんだよなぁ。
平成で当たり前だったというか。

でここ30年で最も自分に影響があったものって、やっぱりパソコンとのつながりだったよなと思ったけどそれそのものは昭和の時代からあったものだし、強いて言うならインターネットの発生と普及の2点に尽きるのかなと。

自分の生活やライフスタイル、意思決定や選択に大きな影響をもたらしたものはインターネットという新たなレイヤーであり、それはすでに現実世界になくてはならない、決して仮想世界のものと切り分けて判断するべきではないものとして現実世界そのものになった技術であって。

自分のパソコンとのふれあいはざっくりいってWindows95のリリースと共に始まる。

といっても、厳密にはそのリリースの少し前あたりから教育機関に対するパーソナルコンピュータ導入の動きが存在していて、通っていた小学校へのパソコンの導入とWindows95の国内リリースのお祭りがちょうど被ったような形になったというのが正しいのかもしれない。

ちなみに導入されたパソコンはPC9821のキャンビーシリーズで、クライアント機はHDD無しのFDDx2でMS-DOSで動いていた。
教師用テーブルのサーバ機はWin3.1だったはず。
それが小学校5年の時の事だった。

ちょうど小室哲哉がこねっとというプロジェクトでYOU ARE THE ONEをリリースしていた記憶もある。

で、中学校に行くとマシンはPC9801DXとBXというなんともションモリな環境だったけれども、技術家庭科の教科書にN88BASICの単元があったので一人でコンピュータ室に通って黙々と独学でBASICでプログラムと描いて遊んでいた。

インターネットを利用するようになったのは高校に進学してからで、ちょうどネットランナー誌が創刊されたタイミングとも一致する。それが1999年。
この今ではあれこれ法規制されてしまったような内容を当時多く掲載していたネットランナー誌を読みながら過ごした高校時代に今の生活の基礎が築かれたような印象もある。

やっぱりWinMXとかはDL0パッチでやってたし、ドメインを4つくらい持っていてサーバを借りて適当なサイトをでっちあげて遊んでいた。
なんなら情報処理科目のあった授業でhtmlを書いてホームページを作ってみよう的な授業も始まるや否や教師のところにいって教師機のブラウザを開いてURLを打ち込み「これ提出物でいいですよね?」で済ませてあとの授業は遊んでいるような生徒をしていた。
故に高校時代に身についたものといったらほとんどなくて、中学校時代に身につけたタッチタイプを利用してワープロ検定の二級を取得した程度のものだった。
腱鞘炎にならなければ一級いけたんだけどもなw

 

まぁそれくらい、青春時代=インターネットみたいな生き方をしてきた、というかインターネットと共に歩んできたような年代の人間なので、平成という時代を振り返るということはインターネットを振り返るという事と同義のようなもので。

同年代、三十代中頃の人間はこの過渡期というか入り口に立っていた人間も多くて、今でもネットオンチみたいな人間は少なくない。
そこからみると自分はガチガチに後天的ネットネイティブみたいな人間で、生まれたときからネットがある世代とも違う、ある種ハイブリッドな時代の移り変わりとともに歩んできた混血種のようなところもある。
オールドタイプが知らないネットを知っているし、現代のネットネイティブが知らないネットも知っている。
まぁどこか思い上がりな部分もあるだろうし、ネットは広大でネッ広なのだからこんな自分でも興味が向かなければまったく知らない方角の暗礁空域だって遙かに存在するのだろうし。

気づけば人生の半分以上をネットありきの生活になった。
もはやネット無しの社会なんていうものは成立しないし、ネットが一時的にでも寸断されればインフラに支障が出るレベルの社会が形成されている。
そういう時代を作ったのが平成という30年間だった。

次の、令和のこれからの時代はどうなっていくのか楽しみである。
不安なんてこれっぽっちもない。
どのように世界が変化していっても流されるままに泳ぐだけである。

元号は変わったけれども良くも悪くも世界は相も変わらず変わり続けることを維持するだけだ。