お疲れ様でした。

ということで、6月お疲れ様でした。
あと8年間お疲れ様でした。

日付変わって2019年7月1日となったのだけれども、昨日付けで8年勤めた会社を自主退職してきたなど。
事あるごとに「会社燃えねーかな」とかツイッターで言っていたので今更な感じもあるけれども、念願叶ってようやくといったところ。

というか、きっかけはあったにせよ、なんか一気にアホらしくなってしまって、6/11の夜勤の暇な時間でネットから退職のテンプレをダウンロードしてサクッと退職届を作成し、何食わぬ顔で6/13の夜に提出。

その日の日記がこれ。

2019年林道はじめツーリング。

 

つまり、その作った退職届をいざ提出する日になるとやっぱり怖気づく部分もあって、まっすぐ帰る事も出来ずに某バイク屋さんの顔を見に行ったっていうw

6月13日が誕生日なので、今年で36歳、三十代も折り返し地点になったので、いい加減融通が利くうちに舵取りをしようと考えての決断だったというか。

それまでも「辞めていっすか」っていう話を割とマジに持っていった事が何度かあったのだけれどもその都度「もう少しがんばってくれ」的な感じで粘られて仕方なく折れてはいたものの、今回ばかりはきっかけがあってプッツンしたにせよ、積もり積もったものとタイミング的なものと諸々が一気に重なって法的強制力を行使するに至った。

これ言っていいのかはわからないけれども、幸いなことに弊社は法に強い人間がいないので
届けの効力、知ってますよね?」
で押せば通るっていう確信もあったし、就業規則にも2週間以上前と書いてあったのでこちらの手続きは正当なものであるし、引き止めで粘られても応じる必要がない状況で固めることが出来た。

当然、プッツンさせてくれた従業員を解雇すればいいんだな?みたいな話も出たし、給料あげようとかいう打診もあったけども、そういう問題じゃねーんだよっていう。
もともとずっと辞めたいと行ってきた人間なので、退職で提出した時点でそういう話なんか聞く耳は一切ないわけだ。

じゃぁなんでここまで数年に渡って付き合ってきたかというと、何を隠そう、雇われであろうとも取締役が実の父親だからだ。
そうでもなければこんなことになるまで付き合うわけねーじゃんっていう。
もともとそんな得意でもない親の事だけれども、そんなでも親は親だしあんまり無碍にしたくはねーなっていう部分もあって、頼まれて付き合ってきたものの、改善の打診、拘束時間勤務時間からみて夜の営業を辞めてもいいはずだとかいう提案も聞いてもらえず、地元で唯一の企業だからという意地みたいなものにつきあわされて来てはいたものの、さすがにもう無理だなと。

昨年、夜勤専門の従業員が倒れて入院してそのまま退職していって以来、夜勤の人間がおらず、法令に抵触しつつも地方の企業はそれが常態化している部分もあって見過ごされている状態でワンオペを約1年ほどやってきた。

「頑張れ」「我慢してくれ」っていうのは言うのは簡単だろう。
だが通常の状態であれば我慢も頑張りも不要なのが普通なのであって、期限のない頑張りや我慢は続かないわけだ。
人間、無理というのは一時的に発揮出来るものであって、それを半永久的であれ継続出来る作りにはなっていないはず。
少なくとも企業での短期中期的計画でもって期限や期間をきめて、ゴールを設定した上での無理や頑張りであれば「じゃぁそこまでは…」と思わなくもないが、特にそういったものも定めずずっとワンオペでやっていけるかというとさすがにそうじゃないだろう、と。

弊社、いや辞めたからもう弊社じゃないんだけども、あの会社は常に従業員募集を出していて、慢性的な人手不足がずっと続いていた。
というか、仕事はいくらでもあるという恵まれた状況に対して、人が集まらないというのが基本的な状態だった。
役所の仕事もあったけれども、俺に言わせてもらえば買い叩かれ過ぎていたよなと思わなくもない。
安く買い叩かれていたから、仕事はあれども求人にかける給与額が低いまま。
多分あれもっと高い額を提示出来れば近隣の町村から人くると思うのよねぇ。
額面って大事だと思うんだけどもな。

まぁそんな常態化した人手不足、可能な限り人手が足りているときに辞めたろうと思って見てきた面もあったのだけれども、数年みてきた結果、いつ辞めてもかわんねーなと判断した部分もある。

買いかぶるつもりはないけれども、資格持ちで俺と同じ業務をこなせる人間が他にいない中でやめることになるので穴は大きいだろうけれども、そんな事言ってたらいつまで経ってもやめることは出来ないわけだし。
だから今まで他に辞めていった従業員を何人も見送ってきたけれども、ここまで大騒ぎされる事は今までなかった。
なにせ他にパソコン使える人間もいないしな…。
だからこと毎回引き止められていたのだけれども。

 

正直、この地域では額面はだいぶいい方だったろう。
時給で均せばそんなでもないけども、なにせ拘束時間が長い。
時給が安くても拘束時間がながければそれなりの金額になるという寸法だ。
なにげに前回からボーナスの額が増えていたりもしたけれども、要するにこれだけの額を払ってるんだから辞めないでくれよっていう暗黙のやつだ。

そんなわけで再就職に関して不安がないという事はまったく無いのだけれども、変化のチャンスを掴んだ、掴み取ったという状況に間違いはないので、ポジティブに捉えて積極的に動いて行きたいと思っている。

まぁそのまえに少し休んでぼろぼろな睡眠リズムとかは整えておきたいとは思っているのだけれども。
あと、ここ数週寝言のように言っていた西日本連泊ツーリングだとかっていうのは、この前振りみたいなもので。
流石に会社を辞めたので日本一周してきますとかは貯金の額を見ても言えないのだけれども、今まで出来なかった2泊とか3泊の旅行やツーリングに臨むいい機会なので、そのへんも自由が効くうちにいくらか消化してみたいと思っている。

いや、いざ退職エントリ的なものを書こうとしても積年の恨みからか全然整理つかないなこれ。

まぁ36歳になったタイミングで8年勤めた企業を辞めました、っていう話でした。
おめでとう、自分。