後悔があるうちに死にたい。

ついさっき、ふと思いついた言葉でしかないのだけれども。

日頃とりとめのないことをぼんやりと考えていたりとかはして、ここの記事にしているものは大体そんな日頃のとりとめのないことをだらだらと書き連ねているだけではあるのだけれども、今回のこの「後悔があるうちに死にたい」は今までに存在していなかった突然思いついたキーワードだ。

我ながらこの突然思いついた言葉がどういう意味なのか、少しだけ掘り下げてみようとしたところ、いやなんの事はないたんなる贅沢な話でしかなかったというわけだ。

最初にあてがわれたイメージは株価が落ちる前に売りたいというようなこと。
一番高いところで売りたいというのは当然だとして「明日は多分もう少しあがる」という期待で次の日を迎えてみると昨日が山のてっぺんだった…なんてことは普通にあって、その後一旦下がってまた更に上る事もあるのだけれども。
でも大半の人はちょっとだけ損をした気分になるだろうし、おおよそ自分もそうなんだと思う。

もっと言えば、楽しさ絶頂の中で死にたい。
なんなら腹上死って贅沢だよね多分なんていうそこそこ下品な話にもなってくる。
腹の上で死なれたほうにしてみればたまったもんじゃないだろうけれど。

下品な話ついでに下品な喩えをもう一つしてしまえば、おおよそ男性の何割かはセックスの最中に「射精してしまったらもったいない」というような感情を抱くことがあるのではないかと思っている。
というか常々そう思う、個人的に。

と、ここまで「後悔があるうちに死にたい」の類例っぽいものを並べてみればおおよそ咀嚼しやすくなってくる。
要するに、あれである、小説や映画、ゲームなんかでの「もう少しで最終局面…だけれども物語が終わってしまう…エンドロールが終わったら現世に帰らなければいけない」というあのイメージと同じものなんだろうなと。

世の中にはおもしろいもので、エンディングを迎える事に対するそんな抵抗感故にその物語をすすめる事を放棄してしまうという人も少なくないらしい。

ちょっとだけ適当に検索してみても普通にヒットするので勘違いではなさそうだ。

ということで、そんな感情や心理が発生する事そのものは珍しくなさそうだし、それがどういったジャンルに偏向するかという違いなだけであって、この「楽しいうちに死にたい」は別におかしな発想ではなさそうである。

そういえば死生観でいえば、にじさんじの委員長とでろーんの会話が面白い。
どっちもふざけてるようで根っこは真面目だというか芯を感じさせる人だよねっていう。
死生観ってそんなカジュアルに語られないけれども、人によって様々だしすべての人にとって無関係な事ではないからこそ面白い話題だと思うんだけれども、どうだろうか。

そういえばついでに。
以前もここで記事にした、北海道のダムで投身をしたライダーの話。
先日気づけば1年経っていたという話でして。
Twitterでは彼の事を振り返っているツイートがちらほらとあったので、あぁ、彼のことをまだちゃんと覚えている人がいたんだね、と思ったりとかした。